鍼をトントンする方法を編み出したとされる、杉山和一さんについてのお話

投稿日:2022年8月30日 | 最終更新日:2022年12月2日

突然ですが、鍼灸の鍼を刺す時ってどういう風にやると思いますか?

鍼灸に精通してる人を除いた、一般の大多数の人はタイトルの通り

「管に鍼を入れてトントンする」と恐らく答えるのではないでしょうか?

しかし、この方法は大昔からあった方法ではなく、
とある日本人が主に考えて、体系化したというのはご存知でしょうか??

今回はそんな鍼を筒にいれてからトントンする打ち方を技法とした
管鍼法(かんしんほう)を編み出したとされる鍼灸師である

杉山和一(すぎやまわいち)さんについて簡単に触れてみようと思います。

鍼をトントンする打ち方を編み出した杉山和一さんって?

最初に鍼をトントンする打ち方を編み出した杉山和一という人について
まずは簡単にお話していこうと思います。

 1610年(慶長十五年)~1694年(元禄七年)鍼術で唯一人、神社(江島杉山神社)に祀られている。
近代日本鍼灸の中興の祖とされている杉山検校は、伊勢国安濃津(現在の三重県津市)藤堂藩士杉山権右衛門重政(元和二年高虎に被呼出200石)の嫡男で幼名は養慶、幼くして伝染病により失明した和一は家督を義弟に譲り刀を捨てて医の道に進む。
鍼の施術法の一つである管鍼(かんしん)法を創始。

鍼・按摩技術の取得、教育を主眼とした世界初の視覚障害者教育施設「杉山流鍼治導引稽古所」を開設した。そこから多くの優秀な鍼師が誕生。鍼・按摩の教育の他、「当道座」(盲人の芸能集団)の再編にも力を入れた。

 和一が、江戸時代に盲人に鍼・按摩の教育をし、盲人の職業として鍼・按摩を定着させたことが、明治の盲学校設立後の職業教育に鍼・按摩が取り入れられた経緯へとつながる。

引用:杉山検校遺徳顕彰会

杉山和一さんは1610年生まれ~1694年(享年85)の鍼灸師でした。

1600年代ということはつまり、江戸時代の方となります
(江戸時代は1600年~1868年)

杉山和一さんは後述する鍼をトントンする打ち方である
管鍼法(かんしんほう)を編み出したとされる人です。


江戸時代のどの時期かといいますと、
ちょうど5代将軍徳川綱吉(1680~1709年)の時になりますね!

徳川綱吉といえば生類憐みの令で有名な将軍ではありますが
和一さんはそんな綱吉の専属の鍼灸師としても活躍し
そして後進を育てるために綱吉の支援も受けながら
世界初の視覚障害者の教育施設とされる、
「杉山流鍼治導引稽古所」を開設したりもしていました。


尚現在の同じ場所はというと
東京都墨田区にある江島杉山神社となっているようです。


和一さんは85歳でこの世を去っているわけですが

当時はまだ人生50年とか呼ばれてた時代だったはずなだけに
この時代で85歳まで生きたというのは大往生ですね!

鍼をトントンする打ち方を編み出すきっかけとなったのは?

鍼をトントンする打ち方である管鍼法ですがそのきっかけとなったとされるのは、

和一さんが道端で石につまづいて転んだ時に
何かが刺さってしまい確認すると
竹の筒と松葉だったので、これをヒントに編み出したと言われています。


尚、管鍼法自体は既にあったと言われる説もあるようですが

技術的に確立して広めたというのは事実なので
評価として現在にまで残っているようです

余談ですが、管鍼法を編み出す以前は従来の管を使わずに打つ方法でやるものの、

最初の修行時代は山瀬琢一という方に弟子入りしていたわけですが
実は生まれつきののろさや不器用、
そして物忘れなどにより上達が遅かったためか破門されているようです。

まとめ

今回は鍼の歴史の一部を見てみましたがいかがでしたでしょうか?

鍼自体は中国から伝承されたと言われているわけですが、
皆さんが一番イメージしているトントン叩いて鍼を刺す打ち方は
実は日本人が体系化させたという所に
もしかしたらビックリした方もいたかもしれません。

今では鍼灸の学校ではこの管鍼法が基本で学ぶことになっているので

如何に杉山和一さんという方の影響が大きいかわかりますよね!

尚、管鍼法以外も学ぶには学びますが
卒業後は意識して他の打ち方(管を使わないものなど)を意識しないと

恐らく管鍼法だけしか使わない位だったりします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です